彼のこと

 ──今日、泊めてくんない?
 電話をかけてきた数時間後、部屋のインターホンを鳴らした蒼葉は、どこか浮かない顔をしていた。なんでも家にいたくないのだという。
「なんだよ。ハタチすぎて家出?」
「んー……そんなとこ。おじゃまします」
「どうぞ」
 知り合って久しいというのに、この友人は部屋に上がるときには未だに律儀に挨拶をする。いつもならそこでまた二言三言交わすところなのだが、今日は違った。黙ってミズキの前をすり抜けて寝室として使っている部屋に入ると、肩にカバンを引っかけたままベッドに転がったのだ。あー落ち着く、とため息のあとにこぼした。
「プライバシーがないんだよなー」
「?」
「最近。家で」
 背を向けた蒼葉にゆったり近づいて少し離れたところから見下ろすと、肩にかけていたカバンを胸に引き寄せて抱きしめているところだった。いつもより膨らんでいるのは着替えやらを詰め込んでいるからだろう。今日もバイトだったのだろうし、来た時間を考えるにいったん家に戻ったわけではなさそうで、最初から泊まるつもりだったのだろうか。
 仕事はちょうど休みだったし、珍しくチーム絡みの用事も恋人との約束もない日だったから良かったが、もし断られたらどうするつもりだったのかな、とふと思った。
「プライバシーって、お婆さんと二人だろ?」
「……先週から昔の知り合いが本土から帰ってきてて、うちに泊まってんだよ」
「へえ」
 人あたりがよくそれほど物怖じする性格でもないのに、プライバシーがどうとかまでぼやきたくなるような客とはどんな人間だろう。
「お婆さんの客? めちゃくちゃ気難しいとか?」
 口にしてから、家族の客なら知り合いという表現はしないかと気づく。
「──幼馴染みっていうの? ガキの頃近所に住んでて、家族で付き合いのあった奴なんだけど」
「その人が蒼葉のプライバシーを侵害する、と」
「……そういうこと」
 何度か訪ねたことのある蒼葉の自宅は標準的な二階建ての家で、客間のひとつくらいはありそうなものだったが、泊まっているだけで家にいたくなくなるほどの苦痛を感じるものだろうか。他人を家に上げたり泊めたりといったことに慣れていなければそんなものかとも思ったものの、どこか腑に落ちない。
「なんか飲むか?」
「もらう」
「上着くらい脱げよな」
 キッチンに立ち、少し考えてから、ミズキは冷蔵庫を開けてコーヒー豆の入った瓶を手にとる。振り向くと、起き上がった蒼葉がジャケットを脱いでいるところだった。羽織っている時にはあまり意識しない体の線につい目がいく。
 知り合った頃はまだ背が伸びきらず、体つきもただ薄っぺらくアンバランスな印象だったのが、塑像に粘土を足すように少しずつ筋肉を纏わせて今の厚みにまでなった。それでもまだ身長のわりには腰回りなどが細い。
 ことに肌のなめらかさを認識するにつけ、ここに何か美しい紋様を刻んでみたいという衝動に駆られる。たとえば、普段は長い髪や服によって隠されている首の後ろから肩甲骨の内側にかけて。職業病だとは思えど、抑えようのない感情だった。当然、蒼葉に話したことはない。
 視線に気づいたのか、ジャケットを組んだ胡座の上に乗せた蒼葉がこちらを向く。目が合って、ほの暗い妄想が蝋燭の火を吹き消すようにふっと払われた。
「蒼葉。お前挽けよ」
 瓶を目の前にかざすと、怪訝そうな顔をした。
「宿代代わり」
「豆が?」
 次に破顔する。表情がない時はやや近寄りがたく見える顔は、笑うと少し幼くなる。
 以前は笑っても皮肉っぽく映ることが多かったが、歳を重ねるにつれ尖りがなくなってきて、可愛いなと感じる瞬間が増えた。男の友人に可愛いも何もないだろうけれど、付き合いがそれなりに長く弟分のような相手でもあるから、そんなものだろうと思っている。
「安いもんだろ」
「友情価格ありがとうございまーす」
 やかんに水を入れている隣に、ベッドから下りてきた蒼葉が並ぶ。ミズキがコンロに火をつける間に手を洗い、棚からミルを取り出した。手挽き用のそれはミズキが気に入っている持ち物のひとつだ。台座が木でできた古めかしい造りのもので、使い込んできてやっと飴色に光り始めていた。手にとったかと思えば、蒼葉はなぜかこちらに差し出してくる。
「豆入れて豆」
「自分でやれよ」
「わっかんねーもん。分量」
 コーヒーなんて家でほとんど飲まねーし、と蒼葉が悪びれもせず言う。ほぼ日本茶ですませる家のようで、初めて淹れてやった時は食い入るように自分の手許を見ていたものだった。気まぐれに豆を挽きたがることはあるが、ここでコーヒーを飲む時はもっぱらミズキがすべての作業を行っていた。仕方ないなと苦笑して豆をミルへ放り込んでやる。
「これで二人分な。そろそろ覚えろよ」
「んー」
 取り繕う気もなさそうな生返事。やれやれと肩をすくめると、ダイニングテーブルの椅子を引いて腰かけた蒼葉が静かにハンドルを回し始める。ごりごりと音が響く中、ドリップ用の道具を用意したミズキも向かい合って置かれた椅子に座る。次第に香ばしい匂いが漂ってきた。深く息を吸い込んでいると、蒼葉が口を開いた。
「……俺さぁ。ハタチに見える?」
「なに?」
「ミズキから見ていくつくらい? ハタチより下?」
「──正直なとこ、実は3つくらい下だったって言われても驚かないかな」
「17? そんなもん?」
 にっと笑ったあとで、でも、と続ける。
「あいつには中学生くらいに見えるらしくてさ」
「あいつ? ──ああ。プライバシー」
 まだ話が続いていたのか。豆をごりごり挽きながら蒼葉は顔をしかめる。
「蒼葉」
 手が早くなっているのが気になって、ハンドルを回す手の甲を指でとんと叩いてやると、はっと顔を上げた。青い前髪が揺れて、思い直したようにまたゆっくりと動かし始める。
「……エロ本とかねぇの、とか言いやがって」
 伏せた目にかぶさる睫毛が震え、低く絞り出された声とともに背後にゆらりと炎が揺らめいた気がした。タイミングがいいのか悪いのか、火にかけていたやかんがカタカタ音をたて始める。ミズキは無意識に背筋を伸ばした。
「エロ本ってなんだよ。馬鹿じゃねーの。久しぶりに会ってさ、ちょっとくらいじーんとするだろ。そんで思い出話とかさ、そういうことする空気のとこでエロ本って、意味わかんねーよ」
「えーっと……久しぶりに会ったそいつが、思い出話でもしようかってとこでお前の部屋エロ本ないのかって言ったって、そんなとこか」
 断片的な言葉を想像で組み立てて補足してみると、蒼葉は返事のかわりに頬を膨らませた。
 確かにデリカシーに欠けるものの、たとえばそれがミズキの口から出た言葉だったなら、蒼葉はばーか、と笑って流しただろう。数年離れてみたとして、同じことを言ったところでなんともない顔くらいはできると思うのだが、ここまで不満を顔に出すということはよほど腹に据えかねたのか。
「彼女いないのかとか、じゃあ一人でいじってんのかとか、何オカズにしてんだとか──余計なお世話だっつの!」
 ぼやきながら、それでも極力抑えたスピードで豆が挽かれていく。蒼葉が粉々にしているのは果たして豆だけだろうか。気持ちが落ち着くならと挽かせてみたのだが、逆効果だったかもしれない。
「……なるほど。中学生な」
 さすがに呆れた。相手を大人だと思っているならとても訊けないだろう。蒼葉が怒るのも無理はない。
 そしてまた、醸し出す雰囲気がそれだけではないと告げている。湯気を吐き、ぐらぐらと煮立ち始めたやかんが気になってきたが、立ち上がれば話の流れを断ち切ってしまうし、蒼葉はそれきり口を閉ざしてしまうかもしれない。お湯くらい足りなくなったところでまた沸かせばいいのだと、ミズキは蒼葉がひととおり話し終えるまで待つことにする。
 何より、「あいつ」とやらは一体どんな奴なのだろうかと興味がわいてきていた。蒼葉を子供扱いする幼馴染み。無神経なことをあけすけに訊ねてくるような、おそらく年上の男。
「風呂あがったとこにずかずか入り込んでくるし、へーけっこう育ったなーとかニヤニヤしやがるし、横から肉じゃがかっさらってくし、俺のベッド勝手に使うし、部屋で煙草吸いやがるし、帰ったら毎日いるし……あーもーマジ腹立つ!!」
 憤懣やるかたないという言葉が脳裏に浮かんだ。ますます中学生並の愚痴だ。なんなんだそいつ、マンガかなんかのキャラかと横槍を入れたくなる。
 それってまるで、と思ったところで、ぎりっと歯噛みしていた蒼葉がようやくハンドルを回す手を止める。離しざまテーブルに肘をつくと、大きな吐息とともに頭を垂れた。肩からこぼれた青い髪が呼吸に合わせて揺れる。何度か呼吸を繰り返してからそろそろと顔を上げた。ばつの悪そうな表情をしている友人に向かって、ミズキはなんでもないように笑ってみせる。
「すっきりしたか?」
「……ごめん。超みっともねー……」
 じわじわと熱を集め始めた頬を両手で覆いながら、蒼葉が呟く。
「いいよ。そんなことがあったんなら地味にストレス溜まるだろ」
 相談ならば、ドライジュースのメンバーからよく受けるので慣れたものだ。ただ、蒼葉からとなるとそう多くはない。せっかくなら恋愛だとか、もっとしみじみできる悩みだと良かったのだが。
 ミズキは頃合いかと立ち上がってコンロに近付き、火を止めた。軽くやかんの蓋を持ち上げ、しばらく湯気を逃がしてやる。蓋を戻し、サーバーに余熱のための湯を注いだあと、ドリッパーにセットしたフィルターにも垂らす。薄く色づいたフィルターが湿って色を濃くするのに合わせて、蒼葉の声が響いた。
「……そいつ、年上で、ガキの頃はすっげー頼りになる奴だったんだ。なんかいちいちかっこよくてさ。憧れてたっていうか……なのに、帰って来てくれたと思ったらそんなだし」
「幻滅した?」
 残った湯をドリップポットに移しながら訊ねると、ミルを見つめたままの蒼葉がかぶりを振った。
「そこまでじゃない、けど……なんか違うなって。俺が覚えてるそいつと、今のそいつが、重ならないっつか」
「ずっと会ってなかったんなら、そんなもんじゃないか。お互い変わって当たり前だろ。見た目も性格も」
「そうかも……見た目は確かに変わってたし。でもなんか、変なんだよなー。なんだろ……」
「蒼葉。豆こっち」
「あー、うん」
 ミルの引き出しを抜き取り、蒼葉が立ち上がった。目配せしながらスプーンを差し出すと、受け取ったその手でおずおずと粉状になったコーヒーをフィルターへと移し始める。ふわりと広がった香りに蒼葉が反応するのがわかった。表情をやわらげ、時折手を止めてしきりに匂いをかいでいる姿につられてミズキも目を細める。
 隅に残った分をスプーンでかき出し、あらかた移し終えたところで手を伸ばしたミズキはドリッパーごと粉を揺らし、均してやる。平らになったところで蒼葉の目を覗き込んだ。薄茶色の瞳が上目遣いにきょとんと見返してくる。
「お前、たまには淹れてみれば」
 ミズキの思いつきに、その瞳が大きく見開かれた。唇が薄く開く。
「俺? ……まずくなんね?」
「飲めないもんにはならないって」
 促すと、蒼葉は緊張を貼り付けたような顔でポットを手にした。
「普通に淹れていいよ。真ん中に、このへんからそっと、ゆっくりな」
 頷いて、ミズキが指差したあたりの高さからドリッパーに湯が注がれる。溺れながらぷつぷつ浮き上がりかけた粉が落下してくる水分の重みに耐えきれず沈み、また浮き上がりかけては沈む。ポットの注ぎ口と同じ大きさの穴があいてゆき、底まで穿ちそうになったところで、蒼葉が不安げにこちらを見た。
「これ、いいのか? いつもと違わね?」
 おや、と思った。案外覚えてるんだなと心中でひとりごちながら、焦った様子の友人に声をかける。
「ちょっと円描く感じでやってみな。フィルターに当たらないように。うん。──ストップ。このくらいでいいよ」
「あー、緊張した」
「はは。お疲れさん」
 ポットを手にしたまま天を仰ぐ蒼葉の肩を叩いてねぎらうと、ミズキはドリッパーを取り外す。シンクに置いたあと、サーバーの中身を静かにカップに移した。蒼葉の瞳の色よりもだいぶ濃い、茶色がかった黒。
「どうぞ」
 カップをテーブルに置き、もう一度座り直す。ミズキに倣った蒼葉が手を伸ばしてカップを持ち上げた。湯気で少しだけ顔がぼやけて見える。いただきますと呟きながら目を伏せ、カップの中を覗き込む。
「……いい匂い」
 鼻をすんと動かし、口をつけるのを確認してからミズキもひと口含んだ。自分で淹れるよりも苦みが強く、どこか尖った味だった。ちらりと見やると、蒼葉の眉間に皺が刻まれている。
「ミズキのより苦い。あんまおいしくない……」
「だな。ま、とりあえずこんなもんだろ」
「──こういうのってやっぱ、気分出る?」
「出るね」
「…………」
 蒼葉は少し途方にくれたような顔でカップをテーブルに下ろした。ことんと音が立つ。真っ白な陶器を包んだほっそりした指の腹がしきりにその肌を撫でているのを視界にとらえたまま、ミズキは口を開いた。
「蒼葉がそれだけ誰かのこと意識してるのって、珍しいよな」
「……意識?」
「いつもならわりとなんでもさらっと流すだろ。こだわり薄いってかさ。そいつ相手だと、二人まとめて中学生みたいだよ」
「はぁぁ? ミズキまで何言ってんだよ、やめろよなー」
 カップを持つ手に力をこめ、蒼葉が憤慨する。しきりにまばたく睫毛に視線を移して、話を聞いているうちに感じたことを正直に言ってやる。
「しばらく離れてたんだろ? だったら、離れたとこまで精神年齢が戻っちまってるとかさ。あるかも」
「えー?」
「思春期真っ盛りみたいな? でさ、お前はプラス反抗期。俺から見たらそんな感じ」
 言い返してくると思いきや、蒼葉はぽかんと口を開けたあと、唇を引き結んで黙り込んでしまった。ミズキはコーヒーをもう一口飲んだ。やっぱり苦い。コーヒーにも淹れる人間の気分が出るものだと蒼葉には言ってみたが、この味みたいな心境でいるのだとしたらさぞ居心地が悪いのではないかという気がした。すっきりしないわだかまりを抱えることくらい普通に生きていればいくらでもあるものだとはいえ、こんな風に誰かに心を乱されている蒼葉を見るのは初めてかもしれなかった。
「まあ、帰って来たばっかりっていうなら、そのうち成長するんじゃないか? お互いにさ。そいつ、いつまでお前んちにいんの?」
「わかんね。部屋決まったら出て──」
 言いかけたところで、蒼葉のコイルが着信を告げる。手許を見た目が一瞬険しくなり、すいとこちらに向けられる。出れば、と目だけで合図すると、渋々といった様子で立ち上がった。もしもし、何? と応じながら背を向けて寝室の方へ歩いていく。相手の声らしき音が耳に入ってきたが、内容までは聞き取れない。
「今日帰んねぇから。──は? 誰って、ダチんとこ。あいにく泊めてくれるカノジョはいねーですし?」
 不機嫌な声で答えている蒼葉の態度は予想以上に刺々しい。相手はいったいどんな応対をしているのやら。ほんの少し気の毒になったが、そうなるだけ積もりに積もったものがあるのだしと思い直した。自業自得というやつだ。気づけば、いつの間にか口角が上がっていた。
「そうだよ。それが何? 婆ちゃんには言って、」
 唐突に蒼葉の声が途切れた。しばらくして、あー……、うん……、と吐息に似た声が耳に届く。さっきの態度はどこへやら、通話を終えて戻って来た蒼葉はやけにしおらしい顔をしていた。
「ミズキによろしくって」
「?」
「あいつから」
「……はあ」
 いまいち言葉の意図が掴めない。素直に受け取っていいものだろうか。椅子にすとんと腰を下ろし、蒼葉がぽつりと呟いた。
「俺さ。あいつがいた頃、あいつ以外に友達いなくて」
 初耳だった。
「……友達できて良かったなって」
 馬鹿じゃねーの、と小さく吐き捨てる。口こそ悪いものの、先ほどまで感じられた刺はすっかり抜け落ちてしまっていた。
「よくわかんないけど。──とりあえず、ガキっぽくてウザいところはあるけど悪い奴じゃないんだな」
「……まぁ」
 我ながらずいぶんひどい言い草だと思ったが、蒼葉は否定しなかった。
 今とて常に人に囲まれているわけではないけれど、幼い頃の蒼葉にひとり寄り添っていたのは、どんな男なのだろう。──会ってみたいな。そう思った。蒼葉を子供扱いする幼馴染み。無神経なことをあけすけに訊ねてくるような、おそらく年上の男。そしてたぶん、少し過保護だ。
「そのうち紹介してくれよ。そいつ」
「へ?」
「ここで暮らすんなら、どのみち知り合いになるんだろ。もしリブに興味あるんだったら、うちのチームにスカウトしたいし」
「お前って節操ないなー。あいつ、リブはやんないと思うよ。そんな群れたがる感じの奴じゃねーもん」
「へえ。ま、そうでなくても、挨拶くらいしときたいし? 蒼葉のダチとしてはさ」
 少し呆れた顔をする蒼葉に、ミズキはにやりと笑ってみせる。幼馴染みとやらに興味があるとはいってもそんなものあくまでダシにすぎなくて、目当てはあくまで蒼葉自身なのだった。
 たびたび誘っては断られを繰り返し、それでもいつかチームに加わってくれればと望み続けている。長いことつるんできた彼がいれば、ドライジュースはより自分にとって居心地のいい場所になるに違いないからだ。
 ミズキにとって蒼葉は、友人でありながら恋人とはまったく別のところで大事な存在だった。特に何があったというわけでもなく、いつの間にかそうなっていた。友情と言い切るには近すぎ、恋というほどには熱くない、家族とも少し違う──そんな感情を抱いていた。確かめたことはないが、蒼葉にとっての自分もそうだったらいいのに。
「気が向いたらなー」
 肩をすくめた蒼葉は再びカップを手にする。口をつけようとしたところで、あ、と何かを思い出したように薄茶色の瞳でまっすぐにミズキをとらえた。
「ん?」
「あのさ。──ありがとな、聞いてくれて。少し楽になった」
「どういたしまして」
 早く大人になれよと付け加えると、そんなのあっち次第だし、と可愛くない答えが返ってきた。これはしばらくこじれるかな。苦笑しながら、ミズキは子供っぽい友人が苦いコーヒーを飲み終えるのをじっと見守った。